人が生まれる時、ブラフマンから分離したアートマン(魂)と肉体が組み合わさってこの世に現れます
何の為に生まれるのかと言うと、この余で修行を積んで過去生から蓄積したカルマを清め、梵我一如、ブラフマンとアートマンの合一を果たす為です
このカルマの浄化は一筋縄では行かず、何生もかかる壮大な事業らしいです
修行には瞑想や、身に降りかかる困難を修行の機会ととらえて、感謝の気持ちで受け入れ乗りきるカルマヨガ的な方法が有ります
インドにはそれに取り組んで全財産を投げ打って出家したサドゥーが一千万人も居るそうですが、サマディ到達者は殆ど居ません・・・・
シヴァ神は破壊の神で自然の摂理を壊し過ぎた人間の行いを浄化する為に震災を起したと自分は受け止めています、ただその浄化が完了したかどうかは未だわかりません
もし浄化が足りないと考えていたら・・・・・・・・・・
すぐに全ての原発は廃炉にしてほしい想いです
被災者の方には申し訳無いですが、 前向きに捉えると、私利我欲を捨てて復興に協力する人が現れるている事から、創造の神ブラフマ神のエネルギーを感じます
このエネルギーが高まれば、パラダイムシフトが起こり、経済優先の価値観が慈愛、自然に寄り添って生きる事に価値観が変容を遂げて、世の中が大きく変わって行くと思います
根底のモチベーションの部分が変わらないと人の行動も変わらず、世の中も良くならない
殆どの人は実は自分の考えを持たず、横並びで多数の方の価値観や行動に引っ張られて、流されて行くので、石原知事や孫さんのような強い影響力を持った方が増える事で社会全体が良い方向に動いて行くと思います
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●曹洞宗(禅宗)のお坊さんの教え
子供が物心着く前の状態は、垢汚が無い悟りの境地と言われています、その後成長につれ自我、妬み、嫉妬、自尊心・・・・ と言った余分なものがついてしまう、禅寺で一生懸命坐禅をしているのはその頃の状態に心を清め、悟りの境地に入る為です
しかし、あまりにも目標が高過ぎて、多くの方は心の落ち着き、ビジネスの成功の為の集中力等々別の目標設定をしている場合が多いです
●小山一夫先生の教え
アートマン=真我=仏性 は汚れる事は無く、プルシャの方に汚れが着いてしまうそうです、文献によってはアートマンとプルシャが同一に扱われている場合が多いです
サマディ=三昧とはその為の冥想修行の中で達する境地ですが段階が有りそれもごちゃまぜになっている場合もありますが、一般的にハタヨガの先生が説明するサマディは有種子三昧「事象との一体化」を指している場合が多く感じます、実はその先に無種子三昧という究極の段階が有り、そこを通過する事でブラフマンとアートマンの合一を果たす事が出来るそうです
不思議な事に古神道とインド哲学のウパニシャッドやヨーガスートラは共通している
小山先生の指導は、坐学と実技で実技はシャクティパッドです、研究成果より無師独悟出来たのは、釈迦、クリシュナ・ムルティ、ラマナ・マハリシ等々元々凄い方に限定されているそうです
普通の人が目指す場合は、師匠がサマディに入り、エネルギーを伝授する事で弟子を清める方法しか無いそうです
つまりサマディ到達者しかサマディを伝える事は出来ないと言う事になります
●ヨグマタジの教え
ヨグマタジは何かを強制する事は有りません、自らの気付きを促し、エネルギーでその手助けをして頂くだけです、基本的に小山先生と一致しているのですが、違いはヨグマタジが究極のゴールに到達された方と言う点です
そのエネルギーは強力で、お弟子さん方は皆経験した事が無い心の変容を遂げられています
●自然栽培の流通業者さんの教え(古神道の出口王仁三郎師の教えを体現)
カルマを浄化し梵我一如を果たす為に自分はこの世に生まれて来た、自分に起こる全ての事はカルマを浄化する修行の機会であり。痛み苦しみを伴う困難な事も有りがたいと感謝して乗り越えて行く事で過去のカルマを浄化出来る
部下が野菜を運搬中に踏み切り事故を起こしてしまい数億円の負債を負ったり、泥棒に入られて売上金を盗まれる等数々の困難を克服しておられます
血統と霊統について
霊統は血統より繋がりが深い、(家族でも性格や考えが不一致、他人なのに初対面の気がしない、ピッタリ一致と言う事はこれて起こる)今生で出会う人とは必然性が有って出会っている

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